白石城
白石城は白石市の中心部にある益岡公園にあった平山城で、中世期末期頃、地元の土豪白石氏の居城でしたが、慶長5年(1600年)、伊達政宗が当時上杉領であった白石城を攻め落としました。
その後、慶長7年(1602)以降は仙台城の支城として伊達家の重臣片倉氏が代々居城し、元和元年(1615)の一国一城令後も例外的に「城」としての存続が認められました。
明治維新時には、白石城で奥羽越列藩同盟が結ばれるなど歴史が大きく転換する時にたびたび登場し、重要な役割を果たしてきましたが、その後片倉家は、開拓費用に充てるため白石城の売却を申請し、明治7年以後随時解体されました。
近年になって、市民の間から浄財が寄せられるなど復元に対する運動が起こり、平成7年(1995)に「白石市のシンボル」として復元されました。
材木岩公園
白石川の上流にある七ヶ宿ダムのすぐ下に、国の天然記念物に指定されている「材木岩」があります。
材木岩の成因は、巨斑紫蘇輝石石英安山岩が水成岩(白石川の水面の近くに見える水平層)の基礎を貫いて地表面に噴出し、急激に冷え固まるときに三角から六角柱状の節理をあらわしたものです。高さ65m、巨大な材木を垂直に100mほどの距離に立て並べたような自然の造形です。(昭和5年(1930)5月1日国指定天然記念物。)
平成3年(1991)にオープンした水と石との語らいの公園では、春になると桜並木が咲き誇り、夏になると公園内の親水路で水遊び、秋になると燃えるような紅葉をと、年間を通じて大勢の観光客が訪れています。
公園内にはなごみ茶屋というそば処や検断屋敷などがあります。










白石城