白石城 /みちのくおとぎ街道

HOME > 白石市 > 白石城


お城(夏).jpg
白石城の案内
白石城は白石市の中心部にある益岡公園にあった平山城で、中世期末期頃、地元の土豪白石氏の居城でしたが、慶長7年(1602)以降は仙台城の支城として伊達家の重臣片倉氏が代々居城し、元和元年(1615)の一国一城令後も例外的に「城」としての存続が認められました。
明治維新時には、白石城で奥羽越列藩同盟が結ばれるなど歴史が大きく転換する時にたびたび登場し、重要な役割を果たしてきましたが、明治2年には白石藩知事となった南部家(岩手県盛岡市)が城主となり、その後按察府という明治政府の広域行政府が置かれた。
片倉家は、開拓費用に充てるため白石城の売却を申請し、城は陸軍省、大蔵省へと管轄が移り、ついに大蔵省より明治7年に民間に払い下げ処分となり以後随時解体されました。
白石市民の長年の夢でありました白石城の復元は、市民の間から復元の浄財が寄せられるなど復元に対する運動が起こり、平成7年に三階櫓(天守閣)と大手門を、市民と行政が一体となり復元を成し遂げることができました。
「白石市のシンボル」として市民の誇りとなっている白石城を是非ご覧ください。
この三階櫓は文政6年(1823)に再建された大櫓(三階櫓)を忠実に復元したもので、2年の歳月と延べ18,300人の職人技の粋を結集して完成したものものであります。


061白石城.jpg
石を積む
石垣は自然の石をそのまま積む「野面積み工法」で、主に蔵王町松川産の安山岩、約3千トンを大阪の石工が積み上げたものです。
木を組む
建築工事は全天候型の仮設テントで全体を養生し、その中で工事を施工したもので、使用した総木材量は1,400石で、柱材は吉野檜、梁材は鳥取産の赤松、床板などの内装材には青森檜葉を使用し、京都の宮大工をはじめ全国から延べ9,600人の匠の技を駆使して造り上げたものであります。
壁を塗る
壁については、古来の施工方法の竹木舞を組んで、その上にスサ入りの壁土(地元産)を山形の左官職人が裏・表に9回塗上げ、最後に漆喰仕上げしたもので、厚さ8寸(約24㎝)あります。
瓦を葺く
屋根瓦は美濃の耐寒いぶし瓦で土居葺きの上に約43,000枚の瓦を大阪から来た瓦職人が葺き上げたものです。また、天守閣に乗っている鯱瓦は、滋賀県で手作りで製作したもので、高さ4尺5寸(約135㎝)、重さ120㎏で、雄・雌があり、東に雌、西に雄が乗っております。



LinkIcon白石城ホームページへ

その他の写真集

051白石城.jpg

062冬の白石城.jpg

城44.jpg



アクセスマップ

携帯電話用QRコード

白石城.bmp

お問い合わせ先

白石城管理事務所
TEL 0224-24-3030